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2019-09-27 03:34:00

「結婚は人生の墓場」という言葉がありますが、あなたはどう思いますか?

この文言を「この言葉を使う人」がどういう意味で使っているかわからないのですが、「人生の終わり」という意味では、

もともと他人同士であり、細かい意味で「生活リズムやパターン」が合わないということが「数々明確になって」いくものです。

たとえ「同棲」をしていたとしても、「結婚」には、「親だの親戚だの」という「めんどくさい人間関係」が増える。。など。。

本来的には、「親」「親戚」という立ち位置にいなければ、「いい人だったかも知れないひと」でも、立場が変わると「めんどくさいひと」になることもありますから、

2人の間に「そういう変数」によって、かつてない「揺らぎ」に遭遇します。

こういう時に結婚の当事者同士で「そんなひとだと思わなかった」という文言を口にしたりという、「意味のないケンカ」が勃発します。

結婚までにはなかった「大きな変数」が2人の間に生まれて、それまでにはなかった「化学反応」が発生します。

「核融合による爆発」のような状態です。

また、互いに緊張感がなくなって「いろんな側面」を見ると「イヤになる」ことも多々「勃発」しますから、最近では簡単に「離婚」という思いにかられます。

そして「異性」から「人間」にかわって、「トキメクようなこと」がなくなってきます。

「同棲」が「同居人」に変わっていくのです。

近年の日本人の離婚数が多いのは「こういった時点で離婚」するからです。

良い意味で「墓場」というなら、このようになってからが「ほんとうの結婚」になるのです。

それまでの自分は墓におさめて、「人間として互いに成長する」ことができます。

「異性」ではなく、「人間同士」になってから、「さまざまな助け合うべきこと」がわかってきて、

色々と起こってくる「山や谷」を2人で乗り越えられると、「結婚」のほんとうの意味がわかってきます。

しかし近年のように「離婚、再婚」への「決断のポイント」が早いと、人間の深さがわからないままの「大人」になります。

そのような意味で「キリスト教のある教派やイスラムなど」では「離婚を認めない」ということになっているのかもしれません!

そして「人間成長」という意味が「結婚」にあると知らないと、「理解し合うというモチベーション」がアタマからないために、

同じ繰り返しをすることになるでしょう。

「それまでの自分」を墓場に捨てて、「再生すること」と定義できれば、「結婚はいい意味での墓場」なのかもしれません。

この定義がなければ、「浮気だのなんだの、いちいち目くじらを立てる」ことになるため。

「結婚制度に反対」して、「独身を貫くひと」が増えているようです。

わたしは「結婚制度」にも問題があるという意見に反対はしません。

「モチベーションはさまざま」で、どうしても「無理」ということもあるからです。

ただ、「別れる理由や決断のポイントが意味不明」ということもあるので、「人間として成長し合う」という理解のもとで、

「結婚されること」をオススメ致します。