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2020-09-14 21:07:00

天国と地獄の観念はキリスト教でも仏教でも同じ様な表現だと感じるのですが、これは元々何か一つの考えから発生したものなのですか?

世紀0年前後でも、人類の文化交流はあったといいますが、

純粋なお釈迦さんの時代の仏教には、「地獄や浄土(天国)」という死後の対立概念は採用されていないといえます。

あくまでもそういう死後の話などの「明確に不確定」なことは、お釈迦さんは「無記(論じない)」という姿勢を持って「戯論」とされました。

また厳密には「天国」と「浄土」ではその内容(意味するところ)は異なっています。

天国は「神による楽園」、浄土は「人間が成仏することによる悟りという楽」というように、前者は「自己以外に神が絶対者として存在している場」

後者は「自己が成仏することによる状態」といえます。

このように、天国と地獄といった似たような教えは、古くからさまざまな宗教などにあるようですが、

厳密には「宗教ごと」に異なっているので、単純に同じようなことと考えない方が良いと思います。