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2019-09-19 01:16:00

無神論者が「ご冥福をお祈りします」「ご健勝を祈ります」と言ってきた場合、実際誰に対して祈るのでしょうか?

日本において「このような慣用句」は、とくに意味はありません。

日本人が「こんにちは」という挨拶をするのと同じで、この「こんにちは」は未完結の文言です。

つまり「今日はご機嫌いかがですか?」とか「今日はいいお天気ですね」というような文章の「始めだけを言っている」のです。

そういう意味で「慣用句」は深く意味を考えずに使うので、「無神論」だからこそ「主語や目的語」が不明確な文章を平気で使えるのです。

「冥福」が何を意味していようが構いません。「死後の冥土」という世界で「幸福になること」を「だれに向かって祈るのか?」なんて考えるひとは、

ほかの文言を使います。

また、「ご健勝」って「健康と勝れる」が何を意味して、これも「だれに向かって祈るのか?」なんて「意味不明」でいいのです。

これが「意味不明な慣用句」を平気で使える日本人の「無神論」という特色です。

「ご健勝を祈ります」って「とにかく頑張ってねってことやん」。。

「ご冥福をお祈りします」って「とりあえずこういうといたら問題ないやん」。。

っていう感じで使います。

これを「真宗僧侶」が、「死者は冥土」に行くのではない「浄土に行く」から「福を祈らずとも成仏しているのだ!」って、ど真剣に「目くじら立てて」こだわったりしますが、ほぼ「どーでもええやんか」って思われています。

「あいまい言語大好き日本人」にとって「あいまいだからいい」という、どこでも使える「意味不明な慣用句」は便利なのです。

言いかえると「無難なことば」ということでもあります。