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2020-01-20 04:48:00
人間種のDNAが生まれた理由‼️
往生要集における畜生は、動物について書かれているように読めますが、
人間が「自然の本願」を見失うと、このようになるという内容であると言えましょう。
姿は人間であっても「精神」は「六道のなかをさまよう」という状態なのです。
「人間に生まれることは難しく」といっても「ありがたい」という性質のことではなく、自然の本願を生きる真如の法によって生まれ、、
その自然から与えられた(先の投稿に書いた動物ではない存在)である自覚をもって《智慧と慈悲(愛)》に生きることが使命だと言えるような存在、ということになりましょう。
その本来の使命のような在り方にある人間が[無常、無我]の真理や、、
「経典や如来」または世界規模でいえば「Holy Bible(バイブル)」の神に意思決定を委ねるという、「聖(Holy)」を忘れて、ここまで来た人間が、、
「人工知能やアンドロイド」などのテクノロジーにとって変わられなければ、まだわからないのかというほど「愚かな煩悩」や「背神」によって、人間そのものを、自然から堕落させた報いを受けて、、
貴重な種としての人間種にあったということに目覚めて、、
いよいよ人間という《特殊な生命体》に生まれたことを顧みなければならない時代に入っています。
科学においても、進化論でも「なぜ人間のDNAが生まれたか?」説明できないのが、、
「人間種」なのです。
人間に生まれる難しさから「自然を荘厳する」または「的確なコンステレーションに意味づけを求める」という精神主義に据わりを置かなければ、、
人間が「愛すべき自然や動植物」という有機物を破壊して、、
自らも破壊される道に突き進んでいるまま崩壊してしまうことは目に見えています。。