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2020-10-07 05:11:00
絶対者‼️
注) 阿弥陀如来大好きな方は読まないでください‼️
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とかく宗教において、その宗祖を絶対視する傾向にある。
しかし、あくまでも人間であり、Buddhaといえども人間である。
つまり「時代や環境」そして「読み手の次元」によって、
その文章について「読み手の限界」もある。
そういう点で、鎌倉時代と現代はまったく背景が違うといえる。
親鸞さんが「白人や黒人」に出会ったことはあるだろうか?
諸外国の言語が違うということを、朝鮮や中国以外にどれほど知っていただろうか?
地球規模のさまざまな違いをどれだけ知っていたか。。
わたしたちは「2020年」を生きている。
僧侶は「親鸞さんの説くところを現代にマッチさせる役目」もあるだろう。
それが「阿弥陀如来」である必要があるかどうかといういうことにも及ぶだろう。
人間がいるから「救いの法」がある。
実は阿弥陀如来より先に苦悩の衆生が存在する。
ここにこそ「絶対神と悟りの違い」は大きいといえるかもしれない。
現代に受け入れがたい内容を後生大事に説いていてもメジャーにはならない。
こういう観点から「典拠より論拠」こそが重要なのだと言えるだろう。
まさに教行証文類が唯一の指針といえる!