インフォメーション(日々更新中)

2019-10-19 02:19:00

経営者の人と結婚するにあたって、女性側に求められる要素は何でしょうか?

まずは、経営者がすべきことを知ることでしょう。

ただし、「それはオモテもウラも」ということになります。

とりあえず「クラブ、スナック」などの女性が絡む店の実態を知るために「一度行ってみて」ください。

そういうところは「想像以上になにもいやらしいこと」はありません。

それ以上に「ダンナがどんなにシンドイ酒を飲んでるか」ということがわかるでしょう。

あえてこのポイントを出したのは、「経営者がしていることを知らない」ことから「家庭内のトラブル」という「経営者にとって、最も《無意味かつ厄介》なこと」になって、

《経営に影響が出てくる》からです。(マジでそういうところに経営者が《遊び目的で行ってる》としたら、会社は長くもたないかもしれません。)

また、世間で「経営者は孤独」といわれるように、社員や役員であっても「経営者がしていること」の根っこにある「銀行との駆け引き」「資金繰り」の苦しさ(重圧)をわかってもらえないものです。

こういうことについて、経営者は「社員や家族」に心配させないように、ひとりで抱えこむひとも多いものです。

もちろん「苦しい時に家族などに下手なことを言って、雰囲気から下手なウワサが立つ」のも困るから言えない、ということもあります。

経営状態によっては「妻も借金の連帯保証人」にさせられるケースもあります。

もし、「中小企業」において「妻も決算書が読める」ようにしておくと、「平生から妻が税理士などとやりとりできる」るため「有力な味方」になれるでしょう。

その上「中小企業」で、社長がトップセールスに回っている場合、「実際数字がどうなっているか、日常的に把握してておくほうがよい」からです。

経営者は「お金好き」つまり「数字好き」になる方がいいのですが、なかなか「あれもこれもできない」からです。

また、「感情的にならず、論理的になること」も重要です。

経営に「感情論」を持ち込み出すと「スムーズ」にいくものも行かなくなります。

また「経営者」の周囲に集まっているひとは「すべて疑いの目線から見る」ことです。

「コンビニ」なんかでも「うち引き」という「内部の万引き」ということも想定されているほどで、社内の人も簡単に信じてはいけません。

「経費として、うち引きを経費計上している」ところもあるぐらいです。

わたしも店舗展開していた時に、「店長が横流し」していたというようなこともあります。

いまは「ポスレジ」などの、社員に「現金をやりとりさせない」というシステムを導入していたり、「商品管理(棚卸し)」をコンピュータにデータ化していたりという「進歩」もありますが、「抜け穴はどこにでもある」ので、イタチゴッコということもいえます。

取引先を「社員に取られる」ということもあります。

また「税制も中小企業にとっては苦のネタ」です。

「銀行返済と税金は利益から原則」が意外と「中小企業」を苦しめています。

たとえば「1,000万円」売り上がったとしても、コストを引いて「400万円」の営業利益が出たとして。。

そのうちから「約50%(ケースによる)と消費税」が引かれて、たとえば「200万円残った」としても、

ここから「返済」ですから「年間200万以上の返済をしている」と「決算書はクロ字でも、事実上の赤字」になります。

こういった「税金や金融の決まりごと」を知らないと、「1,000万円売り上がってもマイナス」になってしまうのです。

ここで面白いのは「税金を払うための借金」というシステムが「銀行にある」ので、「銀行からお金を借りて、税金を払う」という、

意味不明なことがあります。

縷々記述しましたが、「経営者というものが、どれほど厳しいか」ということを知っていただくためです!

もちろん「業種や業態」にもよりますし、詐欺のような「商法」をしている経営者として「ほぼ悪(アク)に徹することができるひと」と結婚するなら、

あなたも「悪」を受け入れることです。

実際に、「経営者がすべきこと」はここに書いている以上にたくさんあるので、「食卓をあたたかく囲むというような理想的な家庭は望めないかもしれない」と思った方が良いでしょう。

だからなのかもしれませんが「いまの日本家庭に子育ての問題が山積している」といえるのかもしれません。。

 

2019-10-18 04:18:00

我ながら矛盾してるなー、と思いつつしてしまうことは何ですか?

これは「無自覚なこと」を含めて、いろいろあると思います。

自覚している、最大のことは「仏教の三帰依」というなかに「サンガ」という「和合を目指す」ということについて、

「わたしはアスペルガーかと自覚する」ほど「和合をすること」を「理想」としながらも、「自らは和合できない」ということです。

人間嫌いというわけでもないのですが「一匹オオカミ」にしかなれないのです。

これもDNAかと「あきらめています」が。。

 

2019-10-18 04:02:00

あなたにとっては当たり前すぎるほど当たり前のことだけれど、他人にとっては「超珍しい」ことはありますか?

これは「現象の背景を見ない」ということかもしれません。

わたしは「マジックのタネ」を知ろうとする「イヤなタイプ」ですが、日本人は「なんかタネがあるだろう」と思っても「追求しない」「追求してなんの得になるんや」という姿勢の方が多いようです。

ですから「政治など」においても「なぜこうなっているか」を問うことなく「党派や政治家」の愚痴をいい、「だれがやっても同じや」と思考停止させて「愚論(失礼ながら)」を展開します。

人間がすることには「必ず理由がある」という前提をもたず、「愚痴に始終していること」や、なにごとにも「真贋を見極めようとしない」ことは、

わたしから見たら「理解不能」なのです。

 

2019-10-18 03:29:00

人が蛇を嫌うのは祖先が蛇に捕食された恐怖の記憶がDNAに刻まれて恐怖した子孫は生き延び恐怖しなかった子孫は喰われ続けた結果本能が強く残った子孫だけになったようですが他にはどんな継承があるのでしょう?

わたしが知りうる限りの「生物学」「遺伝子工学」などに、「蛇に特定した内容」はほぼありませんが、「アダムとエバ」の話によって構築している論には、お書きになったような内容はあります。(前に回答されている加藤さまの内容に同意します)→ https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2017.01710/full

 

このケースを「文字通り」の「蛇」とするなら、「背神」のきっかけとなった「サタン」を「蛇」といっていることを、事実として究明するという前提が必要です。

都市伝説などでは、「悪魔崇拝」というような言い方で「ルシフェル」や「プロビデンス」をフリーメイソンなどが「蛇側」にいる。

といった「サタンを悪魔崇拝」に定義するという「浅い、間違った理解」によります。

また「デオキシリボ核酸」が遺伝子としてどのように生命体になったのか?という命題は、「宇宙のビッグバン」と同じように、現代でも「確定的にこれだ!」という「学説はない」といっていいのではないかと思います。

「リボ核酸」RNAからの進化としても「不明な点が多い」と聞いています。

また、「ダーウイン」の進化論も「証明不可能な点が多く」まともな学者は「取り合わない」とも聞いています。

以前「右脳タイプ」や「左脳タイプ」なんていうことが流行りましたが、これとても「ある学者」が書いたただ「一冊の本」から、「エセ科学」として「日本で流行ったこと」であって「内容はほぼテキトーな内容」であり、マジの「脳科学者」は取り合いません。

日本は「トイレの花子さんや口裂け女」「以前のノストラダムスの予言」などのように「ウワサがなぜか、簡単に広まってしまうお国柄」のようです。

こういった「エセ科学」がもっともらしく「科学に基づかない心理テスト」などのように「科学である」と広まってしまっています。

「カラーコンサルタント」「オーラ〇〇」「レイ◯療法」から、果ては「量子療法」なんていうものまで、数え切れないほどの「エセ科学商法」が繁殖しています。

心理学でも「エセカウンセリング」「エセメンター」「アドラー〇〇療法」など「儲けに利用される科学」はたくさんあります。

「類似科学」ならまだしも、「まったく意図的」に「利用されるエセ科学」がたくさんあるので、「DNA」に関することでも「DNA」にからめた「エセ情報」は多く存在します。

また、「科学者のデータ」も必ずしも「アテ」にはなりません。

「自己顕示のために捏造する」なんていうものも多く、「権力者から意図的にムリクリ作らされているデータや論理」もあるからです。

あの「チョー難しい数式を出してきて、これで証明されます」といっても、「実は、誰も理解できないような数式を作って」《日本の専門家》が見たときに「意味不明」であっても、「なるほどね」といって「わかると言わなければ、恥(ハジ)」という「専門家としての見栄」から。。

「これは最新の科学なんだ」と誰かが言っても、じつは「知らない、理解できない」と「専門家同士でいえない風潮」から「パンドラの箱」を開けるという人が少ないために、

「ムチャクチャな科学の理論が構成される」ということもあると聞きます。(有無は別として「スタップ細胞」がいい事例です。)

「DNA」に関しても同じですから、「この科学の論ははどの程度信用できるか」ということを「外国の論文」から「日本の論文」に至るまで確認して用いる。

というのが適切な「科学者の姿勢」ですが、われわれ「一般人」は「ある科学の論」を「耳にした、読んだ」というときには、

「論理」として「筋が通っているか?」「同分野のほかの科学者がどう言っているか」ということを複数確認して「判断する」ということぐらいはしてから、

用いることが必要でしょう。

専門書であっても、「科学のセカンドオピニオン」を尋ねて見るということが重要です。

ついては「ご質問の直接な回答」ではありませんが、DNAに関しても「このような姿勢を持つならば、ご質問の背景が《蛇》」ということでしたので、

ご質問の前提が「わたしにとっては不明」でしたので、このような「回答」で申し訳ありません!

 

2019-10-17 01:47:00

どのような人に「なんて心がきれいなのだろう」という思いを抱きますか?

事実や真実から書きます。

「心がキレイ」を「どういう状態」に定義できるか、ブッダやシュレディンガーもいうように「確定できない」ので、

ひとりのひとの「ある状態」のみを見て「心がきれい」とは「確定的に」いえません。

ましてや「煩悩を滅すること」がない以上、「きれいであり続けること」も「確定的に」できません。

最悪なのは。。

「これこれの状態はきれいな心」ですという「定義や感性をもってしまうこと」です。

こういう定義をすると「排除」される「生命」が出てきます。

また「そうでなければならない」という「拘束力」が生まれて、

そうなれないひとを「苦しめる」ことになります。

「理想を裏返すと、拘束力が苦しめる」という「理想が反理想を生む」という矛盾に陥ります!

 

1 2 3 4 5 6 7