インフォメーション(日々更新中)

2021-12-26 01:48:00

希望を持って恐れるな!

ロスチャイルドの時代が終わり、新時代への転換が、金融を含めて来年にスタートします。

ゴールドマンサックス銀行がメインになるでしょう!

4月まで少し大変ですが、それを超えると大きなプレゼントが待っているということです!

みなさんご心配なく!

ーーー

Akio,

 

In 2022, we will SAVE AMERICA from the Radical Left.

 

Next year will be remembered as the year we SAVED AMERICA, but only if we WIN BIG during the 2022 Elections. I know you’re just as fired up as I am, which is why I want to give you a little something special.

以下略

F4549DBF-90EC-4518-979A-A07D91E1F254.jpeg

 

0A35A55B-CD37-4011-8FA8-6E70E0998972.jpeg

2021-12-26 01:44:00

偶像劇場!

台湾なんかでアイドルが演じるドラマなんかに「偶像劇場」って書かれていることがあります。

 

直訳すると「アイドルシアター」になりますが、つまりは、アイドルは作られた「偶像」なんですね。

 

そしてドラマのストーリーすらが、その偶像のなかで進んで行きますから、ストーリー含めて偶像なんです。

 

聖書は、「初めに言葉があった」からスタートしているので、初めに《神》があったということではないんです。

 

つまり聖書のストーリーは、偶像ではないということを明らかにしているんです。

 

仏教も本来「言葉で表現できない法則性」という「悟りそのもの」を真諦(しんたい)といって、それを教えるための「言葉(言説化)」を俗諦(ぞくたい)と言っているんです。

本来の仏教学にはそういう区分があるんです。

 

しかし、大乗仏教は「阿弥陀仏」などの偶像ストーリーを真実とする説き方をするので、結局真実ではない内容が広まって、偶像ストーリーの狭いなかで、救われたとか救われないとか、仏は存在するかしないか、なんて言ってるんです。

 

また「初期仏教」では認められなかった「常一主宰」というポイントも「阿弥陀一仏しか認めない」なんていうことをいう学派もあるので、仏教本来から遠ざかっています。

 

神が言葉として語られていることが聖書のスタートであることは、仏教も学ぶべき点かと思います。

2021-12-25 23:09:00

無知の表明!

《神はいると思いますか?なぜそう思うのですか?》

 

「いる」「存在する」という言葉が意味していることが、言語的にそもそもおかしいのです。

 

「あなたがみているものやひとはあなたがみているように存在しますか?」という問いがあった場合に、「そうです」と言えるひとは、自分の無知に気づいていない人だと言えるでしょう。

 

あなたがみていることや認識していることは、あなたの脳内の情報以上のものは不明かつ不確定だからなのです。

 

脳内データと、あなた固有のプログラミングでしかないのです。

さらにそれらの「脳内の情報やプログラミング」すら正しいかどうかということも「不明かつ不確定」なのです。

 

あなたが、あなたの家族や友人でさえも、あなたが思っている通りの人たちかというと「じつはそうではない」というのが事実です。

 

つまり、よくあるこの手の質問は、人間の認識が「不明瞭かつ不確定である」という「基本的なことをわかっていない」ということを意味しています!

そして「ひとは自分の存在をも証明できない」というのが本質なのです!

2021-12-20 22:29:00

お金持ちになると…!

《人は公に知られたお金持ちになるより密かにお金持ちになる方が幸せですか?》

 

おおよそ、密かにお金持ちになる事はかなり難しいことです。また、そのようにお金を持ったとしてもそれは幸せとは無関係です。幸せの定義によりますが、お金があれば病気にならないわけでもなく、良い医療を受けられるわけでもなく、逆に、いらない医療を強いられてしまうといったこともありうることです。

医療を例に出すのは不適切かもしれませんが、最も人間の弱い部分なので、わかりやすい事例としてあえて書かせていただいております。

あらゆる点において、カモにされると言う可能性は十分にあります。特に、医療といった部分においては、お金を持っていないふりをしていても、やはり弱い部分なので、より良い医療を受けたいと思うために、ついついお金があることを表してしまったりすることがあります。そこでもし、特別患者扱いをされたとしても、良い医療が受けられるわけでもなく、かえって悪質な病院であれば、不要な検査や不要な処置をされるといった事は十分に考えられるといえます。また、健康食品であるとか、美容に関するものなど、お金を持っているためについついどうでもいいものを買ってしまっていたり、催眠商法や様々な商法のターゲットにされる可能性は捨てきれません。

このように、人に知られる知られないにかかわらず、お金があると言う意識を持つだけで、知らず知らずにカモにされるような行動をしてしまうことは十分にありますし、お金があるからと言うことで、人が集まってくるようなグループを作ってしまったりすると、そこには嘘や騙しの人間関係ができるだけで、本当にお金を持ったその人を大事にしようとする人はゼロと言って良いでしょう。

これが、家族に知られると余計にめんどくさいことになります。今まで疎遠だった親戚や身内が寄ってきたり、誰しもが早く死んでくれたらいいのになんて思うことも意外とたくさんあるケースだといえます。

つまり、お金を持っているのに、持っていないふりをすることと言うことがどれだけ難しいかと言うことと、どこに隠すのか、銀行に預けてしまうのかなど、それだけでも気をつかってしまうものです。銀行に預けたりしてしまえば、もはや持っていないふりは通用しなくなるでしょう。だからといって、持ち歩くのも大変ですし、家のどこかに隠していても見つけられる、盗まれるといったことを常に気にしていなければいけないので、精神的なストレスは、お金がない時の方が気楽であったと気づくことになるでしょう。

2021-12-18 06:59:00

イルミナティ!

3A827DBA-1906-4117-9FBF-4AEF37453CCB.jpeg

 

「大多数の側にいることに気付いたときはいつでも、一時停止して熟考する時が来ました。」

マーク・トウェイン

アキオ、 

 

人々の心は苦難のプレッシャーに簡単に揺さぶられます。彼らの決定は、彼らが絶望から行動を起こすことを引き起こす恐れによって曇ってしまいます—彼らが知っている行動は間違っていますが、彼らの決意が欠けるとコミットしやすくなります。

 

暴徒の精神は、善意のある人々を破壊的な中心に引き寄せる真空です。集団の怒りが沸騰し始めると、周辺に立つ人はたくさんいますが、この集団的な怒りが有害な行動に変わると、すぐに彼らは道徳的なジレンマに直面します。異議や疑問がある場合、暴徒は権力を保持できません。その暴力に躊躇する人々は、敵の同盟国としてブランド化されるか、グループと一体になるまで自己満足に急進します。

 

しかし、怒りはグループを永遠に養うことはできず、その信頼できない基盤の上に構築された人々はすぐに崩壊します。そして、暴徒が壊れたとき-怒りが冷え始め、合理的な思考が制御を取り戻したとき-その個人は放っておかれ、再び散らばります。人は、彼らが誤った大群の影響下にあったという理由だけで、彼らが犯した恐怖の影響から身を守ることはできません。結局、すべての人が自分の決定に責任があります。 

 

何百人もの声が都市が燃えなければならない、つまり王国が崩壊しなければならないと叫ぶとき。被告人は裁判なしで有罪判決を受けなければならないということ–静かに反対する何千人もの人々の声を聞くのは難しくなります。リーダーは、最も大きな声で叫ぶ声の気まぐれの餌食になることはできませんが、サイレントマジョリティを擁護する理性の声として立つ必要があります。

 

恐れるな!

4D9E6B2A-9973-4F82-8766-8A6590109155.jpeg

B94F076F-FAE3-4EA0-A2EF-61A501FF6DB8.jpeg

C52B6E12-491E-4C31-8447-BDB06307120B.jpeg

 

297D2782-461B-43CF-A0BF-2F13794532B9.jpeg

 

 

 

この現代のイルミナティについて記述しましたが、これらは過去語られて来たイルミナティとは無縁です。

過去のイルミナティはもうザビエルあたりまでで終わっています。

陰謀論者がいう「イルミナティ」は存在しません。

こういう新しい動きに混じって、「自称ニセモノ詐欺イルミナティ」が大勢いますからご注意ください!

そういうヤカラは金銭を要求して来ます‼️