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2020-07-09 03:59:00

捨てないでください❣️

真宗では「真実の教え」と「仮偽の教え」を仕分けて「真を立てて、仮と偽を廃する」という前提があるように教えられます。

 

でもそれだと「摂取」の観点ではみられなくなりますよね。。

 

「どうすれば苦を抜くか」という仏教が「なにが正しいか」っていう教えになってしまって、真宗において「正解」という以外には認められないということになるので、本末転倒してしまうと思うんです。

 

だから「仮と偽」は「苦を抜くにおいて効率が悪いよ」「悪徳僧侶や占い師に注意」と教えているように、親鸞の著書を読んでいて思います。

 

だから「悲嘆」であって「非難や批判」ではないんでしょう。

単に「苦を抜く近道(捷径)」を教えているんだと思います。

 

だから真宗は浄土宗と違って「廃立(はいりゅう)」はなくて「摂取のみ」といえるように思います‼️

2020-07-08 04:42:00

粗供養(ほぼ供養)‼️

わたしのなかには、年齢に関係なく「いろんなひと」から教えられたことがあり、そういう人びとの示唆のなかで生きている。

それはなにも、亡くなったひとや先祖に限定されることではない。

 

わたしは「葬儀」のたびに、「亡くなったかたの思い出や何気なく教えられたことを思い出しつつ、その功徳を受け継いでいただけたら幸いです。」といったことをお話しするけれど、

 

亡くなったひとが「近しいひと」でなくても、そういう思いで、生死は関係なく「すべてのひと同士」が関わっていけば、ずいぶんと世の中も変わるのではないか。。

 

と思う。。

 

わたしの実母が昨年亡くなって、ボチボチ1周会(忌)であるが、わたしは、そういう日にのみ母を思っているわけでもなく、だからといって「日々思う」というわけでもない。。

そもそも1周会さえ忘れていた。

 

東京に住むアニキから「どういう風にしようか」という連絡があって思い出したほどである。

 

本来、仏教は先祖供養を目的とした教えではない。。

 

と、地元の法話で「散々言いまくってきた」きたけれど、、

「寺=死者(先祖を守ってもらうところ)」というイメージは変えられない。

 

草津の地元のムラでは、「法事はしないと誰かに怒られる」という「決めごと」のようになっている。

 

コロナのマスクと同じである。

 

とはいえ「コロナ」から、さらに簡素化して「家族だけでやります」というところが増えてきた。。

 

そこでもわたしは「仏になられたご先祖からいただいた功徳を思い出しつつお参りください」と最大限「先祖供養」に譲歩した言いかたをしている。

 

法事が「仏教にあう〈仏縁〉である」ということを、散々言いまくって、「譲歩する」ようになってしまった。。

 

やはり「法事」というシステムを変えない限り、このイメージは変わらないのかもしれない。。

 

お供え物に「粗供養」と書いてあると、いつも「ほぼ供養」と読めて仕方がない。(心の中で笑っている)

 

埋め込まれた常識を変えることがこれだけ難しいということは、システムによるのか、ひとによるのか、環境によるのか。。

 

すべての要素によるのかもしれないと思う。

 

そういう意味では「お寺の荘厳」を変えるわけにもいかないので、

「別院」という道場形式にして、そこでは「法衣」も洋装にし、イメージを変えている。

 

そうして2年が過ぎた。。

この間に「多数の人」が訪れてくださった。

若い人(30代から40代)は、このほうが気楽という人もいる。

 

ただ、だからといって「仏教を学びたい」という人も少ないけれど、

「相談には来やすい」ようで、相談者には「あえて僧侶」というスタンスではなく、「普通に相談を聞いている」けれど、、

 

相談のなかの話しには「仏教の要素」を入れている。

だからといって「真宗に入ったらどうか」といえない雰囲気がある。

 

「親鸞という人は〇〇といっているよ」といっても「ヘェーそうなんですか」というほどの雰囲気だったり、「なるほどすごいですね」と言われても、だからといって、それが「入門」にはつながらない。。

 

やはり「宗教」という認識があるからであろう。

 

僧侶が「門徒(檀家)さんや信徒さん(お参りだけの関係)を増やす」にしても、「葬儀から」というケースがほとんどなので、、

 

やはり「先祖供養」から抜けられない。。

 

キリスト教の信者さんのように「なにかあったら教会に行く」というほどの「信頼」すらされていない。。

 

仏教は、現代人が抱くような宗教ではなく、どちらかというと「哲学」や「心理学」であるのだから、、

 

「いのちの学びをするところ」というイメージをもって欲しいと思うのである‼️

2020-07-07 04:00:00

モラハラを見分ける方法は?

〇〇ハラスメントは、ある業界が仕事を増やす種に作った概念です。

そもそも「好きな上司」なら「ハラスメント」にならないのに、そうではない上司なら「ハラスメント」になる。

なんて言う定義がその人によるという曖昧なことで「どうこういう」のは、日本の関東ぐらいなもので、

「ハラスメント」だと思うことに、どう立ち向かうかという「智恵」を生まないシステムになっています。

中小企業の社長は「ねていても、資金繰りに追われる」ほど24時間仕事をしていると言えますし、

自分の給与を減らしても「社員の給与は払わなければならない」と思う人がほとんどです。

そういう意味でも「ブラック企業」という言葉も、ある業界がこれ幸いと使い始めました。

そういう点で、安易に使うべきではないと思います。

9時〜5時で、基本的に帰宅できる。

社長はそうはいかない。

これは経営者の立場になれば、しみじみとわかります。

以上のことから「モラハラ」だと思う人が、どう切り抜けるかという知恵を磨くことが、

その人の今後の人生に大きな智恵が生まれて、どんな困難をも乗り越えられるチカラがつくことでしょう。

2020-07-06 04:44:00

お財布によって「収入が変わる?」

最近「お財布コンサルタント」という、あり得ないほど稚拙なビジネスがある。

お財布の色や使い方で「お金に好かれる財布」を持てば、収入が増えるという。。

もちろんこれは「財布の宣伝」でそういう人が出てきて、ウンチクを言うのであるが、

こんなコンサルタントがまかり通るほど、日本人は「稚拙なのか」と思ってしまう。

あなたもこのようなコンサルタントに指導されたいのだろうか?

2020-07-06 04:31:00

教祖は「それ」を信じていない‼️

最近の宗教のように「ビジネス化」した内容について、

教祖といわれる人や、指導者と言われる人ほど、、

じつは「教えを信じていない」といえる。

 

宗教や「スピリチュアル」を使って、ビジネスをしているだけなのである。

占いもそうといえるが、なぜなら、、

簡単なことであるが、「それを信じていたらそんな生き方はできない」ハズである。

 

神に背くと「地獄へ行く」といったことや、行いを正さないと「霊が怒る」などと言いながら、、

煩悩や特権階級意識のなかで生きている様は見るに耐えない。

 

宗教の裏事情を知らない人も多いだろうが、

およそそのように感じているから「宗教不要」という人が多いのだろう。

 

特権階級意識という意味でいえば、「信者」さんがどれほど困っていようとも、、

上から目線でしか対応しないうえ、責任は取らない。。

 

なんらかの指導者が「ご利益がある」という以上、

なければ「詐欺」であるから、責任追及されてもいいが、

そういうことはないという意識こそ特権階級意識といえる。

 

住職が「上手(かみて)」に座るのは当然だと無意識に思っているのも同じである。

 

ほんとうにその教えを生きているならば「有り得ない」状況が世界中にある。

いまでこそ言えるが、問題になっている「バチカン銀行のタックスヘブンやマネーロンダリング」もそのひとつといえるだろう‼️