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2020-02-08 01:15:00

悪くない国‼️

【akio独語つづき】

昨日は国の議員さんと飲んでいた。

このひとは、人生を本気で政治に捧げている。

 

ひいきはしないし、「先生」とも呼ばない。

ふつうに同じ人間である。

 

思うことを話し、現状を聞く。

「日本の政治」は「じつは意外に悪くない」

 

国民にグチをいわせる「情報」を流すひとたちに、

ずいぶんと国民は「踊らされている」といえるだろう。

 

問題は「国政に関する」誤解と理解であろう❗️

 

だから、こういう「魂を込めて」打ち込んでいるひととは、

「ふつうにキチンとした話」ができるし、聞ける。

 

以前『世界事情のウラにまで詳しいひと』(Best  friend)からも聞いているが、、

「こんなに平和でこんなに恵まれた国はない」と。。

 

わたしも「なんだかんだとありながらも」55年が過ぎようとしている。。

 

「取り越し苦労民族」といわれるからなのか、

「将来どうなるか」ということばかりを憂いて「今」恵まれていることに目を向けられないのだろうか?

 

諸外国を見たときに「日本人はホントにこれ以上のなにを望むのか」と思うが、、

 

重要な課題がある、、

平和すぎて《問題意識をもって能力を生かす人材不足》という点である。

 

わたしも「この子はスゴイ能力を秘めてるなぁ」と思うことがよくある。

それは「障がいと定義されているひと」であっても、、

 

であるが、「普通に国語、算数、理科、社会、英語」といった、お決まりのコースに収まっていくんだろうなぁと「残念に思うこと」は多い。。

 

「人事」であろうが「精神鑑定」であろうが、「テストのようなことによる判断」がほとんどで、「眼力(知識、経験値、知恵など)で個別の能力を見抜くひと」が少なすぎる。

 

「今後の日本で平和を壊す」のは「個人的なわがままによるトラブルなどの頻発」といった、「国レベル」ではなく「個人やコミュニティレベル」からではないかと思う。

 

「精神的不安定や不満足」による「破壊」である。

故に「これからは《精神世界》を重視する時代」であるといえるだろう‼️

 

あくまでも「独語」である‼️

ーーー

【akio独語】

先ほどの独語を読んで、

「問題は多い」と思う人もいるだろう。

 

「問題は問題と定義すれば、問題になる」が、、

それを解決する方法で、100%ということはない❗️

 

「問題を、自らの挑戦課題」だと定義すれば、

自分なりの「解決」はある❗️

 

「責任をとって辞める」「土下座する」ことで「許される国」。。

 

「要領よく悪意で保護を受けて生きる」ひともいるようである。。

 

たとえ「刑務所」に入っても矯正教育が基本である。

「老後を刑務所で」というひともいる。。

 

「問題や課題」についても「進化している」けれど、、

100%を「政治に求める」のは、無理というものである。。

 

そもそも「無常、無我」前提の生命を「いかに和合して生きるか」ということが、「人間に課せられた課題」だといえるだろう‼️

2020-02-07 05:13:00

グチのひとたち❗️

【akio独語】

昭和初期の政治家は、政治貧乏といわれるぐらい、個人の資財を投げ売ってでも、魂は売らなかった❣️

 

いまの政治家は、給料欲しさになるひとが、とくに地方議員には多く、次期当選を考えるから、役人になにも言えず、舐められている。

 

溝ブタひとつ直せない。

 

こんな状態で国民と一緒に、国や党にグチばかりいう。。

 

国民が、政治家をダメにしているように見える❗️

 

政治信条もなんもない。

 

国民も政治の深い部分を知ろうともせず、情的報道に踊る!

 

知性や論で、冷静に考え政治家に、冷静な意見を言えるひとがいない!

 

役人もグチだらけであるのは、自分の意見がそもそもないからとも言える。。

 

平和はボケを生む。。

 

危機感のない、問題意識の低い人は、政治、とくに行政に関わるべきではないと思うけれど、、

 

その自覚もない。

 

日本はどこに守ってもらって、平和なのか、きっちり知るべきであり、次期当選関係なく、言うべきは言える政治家が必要である‼️

 

これは、宗教家にも言えることであるといえよう‼️

2020-02-05 00:35:00

アビダルマする‼️

ご存知のように、わたしの師である「武田宏道師」は「倶舎論」研究に生涯をかけていて、

今年の本山報恩講の特別講演をされました。

この倶舎論は「アビダルマ仏教」や「部派仏教」と言われています。

 

最近わたしに「倶舎論」を教えて欲しいという人が数名いて、昨日も当院で講義をしました。

 

そこでこの「アビダルマ」という言葉は「法」についての「考察、研究」ということを意味するので、

部派仏教の特に「倶舎論の説一切有部」のことだけではなく、

 

悟りへ向かう「対向」と悟りへ向かって「対観」することだから「仏道を歩むことは全て、アビダルマ」ですと解説をしていたら、受講者さんが、「じゃあ称名讃嘆の生活もアビダルマですか⁉️」っておっしゃり、、

 

「そうそう」っていうきっかけから、

「あなたはアビダルマしてる?」っていう表現が私たちの合言葉のようになりました。

 

皆さんも、ともに「アビダルマ」しましょう‼️

 

【武田宏道師の特別講演】

https://youtu.be/NHzdPFnywb4

https://youtu.be/AAkhT0VBS_M

2020-02-04 23:46:00

Made in Chaina ❗️

「南无阿弥陀仏」といういわゆる名号は、

そもそも「観無量寿経」という経典にありますが、インドの経典に「南无」と「阿弥陀仏」は出てきますが、

「この両方がつながって」南无阿弥陀仏と説かれているのは、「観無量寿経」だけなのですが、

この経典が「中国製」と言われていて、もともと「インドの経典ではない」と言われています。

 

つまり「南无阿弥陀仏」は「Maid in Chaina」ということになります。

そして、現代に於いて「南无阿弥陀仏」をいただくと言った方法ではなく、

 

「南无阿弥陀仏」を普遍的「名字」として、人間が存在を認識して確定する「名色」という状態において、

すべての存在は「南无阿弥陀仏」という名字なのだと総合的な名前とし、

 

あなたもわたしも何もかも「南无阿弥陀仏」です。

というところで「無我を実現させる」という「行文類」に書かれているような理解をすれば有意義な名字になります。

 

「阿弥陀さまの喚び声です」といった「ストーリー」では、受け入れられない時代であるという認識のもと、

教行証文類に書かれている本来的意味を取り戻す必要があると思うのです‼️

2020-02-04 19:29:00

捨てるか受け入れるか?

スピリチュアルという言葉を「正確に知って欲しい」。。

辞書を見ると、

 

研究社 新和英中辞典での「精神」の英訳

 

せいしん2 精神

1

〈肉体に対する〉 spirit; mind(心); soul (魂); will (意志); a motive (動機)

 

精神の[的な]

mental

spiritual

moral

精神的愛

platonic love

精神的支持[圧迫]

moral support [pressure]

精神的打撃

a mental blow

a shock

精神的に疲れている

be mentally exhausted [tired out]

精神的に自立する

【形式ばった表現】 achieve emotional autonomy

精神的動揺

emotional upset(s)

精神的に動揺している

be emotionally disturbed [upset]

精神を打ち込む

put one's heart (and soul) into 《one's work》

throw oneself wholeheartedly into 《the task》

do 《a job》 with (all one's) heart and soul

精神を集中する

concentrate one's attention on something

精神に異常をきたす

be mentally deranged [unbalanced]; have a mental breakdown

〈気が狂う〉 go [【形式ばった表現】 become] insane; go mad [out of one's mind]

彼女はひどい精神的打撃を受けた. She received a severe mental blow [emotional shock].

2

〈心のもち方〉 

 

国際的な精神

an international spirit [mentality]

スポーツ精神

sportsmanship

ボランティア精神

a volunteer spirit

a spirit of volunteerism

この運動は若者の間にボランティア精神を育てることを目的に始まった. This movement was initiated to foster the spirit of volunteerism among young people.

3

〈物事の根本的意義〉 

 

法の精神

the spirit of the law

法の条文にこだわらず, その精神をとれ. Don't stick to the letter of the law but observe its spirit.

精神安定剤

a tranquilizer

精神医学

psychiatry

精神異常

mental derangement [disorder]

psychosis

精神衛生

mental health

精神鑑定

a psychiatric test

精神構造

one's mental make‐up [structure]

精神修養

mental training

【形式ばった表現】 moral cultivation

精神修養をする

discipline one's mind

精神主義

spiritualism

idealism

精神主義者

a spiritualist

an idealist

 

と言った具合だけれど、

「スピリチュアル」ないし「スピリット」は普通に使われます。

 

「真宗」では、この言葉を「毛嫌いをします」が、

国際的には「嫌う方がへん」なのです。

 

たとえば「東京で寺カフェ」を作った時に、

どこの物件も「宗教団体」にはテナントを貸さない。

と言われて「本願寺だろうがなんだろうが、宗教でしょ❗️」というのが、

「東京原則」です。

 

いくら説明しても「門前払い」だったのですが、

ようやく見つかったのが、「代官山」だったということです。

 

この「東京原則」のように、「スピリチュアル」だから「低俗」と考えているのは「真宗」だけではないかと思います。

 

「葬儀に塩は要らない」と真宗教団が言ってもなくならなかったけれど、

「部落問題の中で、解放運動団体が《汚れ思想》になる」と言ってなくなっていったのです。

 

決して真宗の手柄ではありません❗️

 

つまり「一宗教団体」と日本人が錯覚していることを「わかってない」というならば、「スピリチュアル」という文言を理解することは大きいことです。

 

わたしは最近布教先で「いままで迷信俗信を批判してきましたが、間違っていました」ということがあります。

 

これは「化身土文類」によれば、

 

「良し悪しを問わず摂取する」とラストに書かれていることや「世の中の現実を見て、迷信俗信でしか生きられない人もある」ということからの言葉です。

 

「真宗も《阿弥陀さまが居る》といえば、スピリチュアルです」が、なぜ違うと言いたがるのか。。

 

「レベルが違う」と言いたいのなら「高次元のスピリチュアル」といえばいいけれど、「高い低い」を言いたくないという「こだわり」によって、自由に「場に応じた言葉」を使えなくなっているのではないでしょうか?

 

こんな「狭いこだわり」振り回す宗派は「真宗」だけです。

 

日本最大の信者数を持った宗教がいまや「幸福の科学」だというデータがあります。

 

そこには理由がありますが、真宗の僧侶さまの多くは「その理由」を知ることはないでしょう。

 

わたしはいままで「真宗僧侶」のみなさまの意識が変われば「今後の日本において大事にされる」と思い、「嫌われるのは仕方がない」けれど、

「横着をせず、学びと教化されますようにと願って」書いてきました。。

 

「廃立」にこだわる「真宗」

「破邪顕正」にこだわる「日蓮正宗」というイメージです。

 

仏教も真宗も「摂取」です。

 

とはいえ、どうも「意識の高い人以外の方からの反応はなく」

今後はどうしようかと考えています。

 

このままでは「確実に寺も法も滅びます」から、

そういう危機感を持っていただければと思います❗️